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 目の前にロボットの亡骸がある。

 

 かつては家族連れで大いに賑わっていたであろう遊園地は、大陸間弾道弾の爆風を受けてなお骨格のみが残っていた。その威容は、ガキの頃家族旅行で目にした二度目の大戦の遺産を思い起こさせる。もっともこの有り様じゃ、アレを取り壊さなかった意味なんか欠片も無かったって事だろうがな。

 

 まぁシチュエーションはこの際どうでもいい。俺の関心は、目の前にあるもの、即ち、ブリキ細工の玩具を模したサービスロボット――だったものに集中していた。全身を擦り傷と打撲痕で飾り立て、まるで項垂れるように静止したそいつは、止めどなく降りしきる雪の中へと、今にも埋葬されようとしている。

「……哀れなものですね」

  俺の傍らに控えたお人形が、無機質な声音の中に何処か憂いを湛えた調子でそう言った。

「いくら命令が絶対だとはいえ、それがもはや無意味であると理解するだけの知性はあった筈。それなのに――」
「だが、それが唯一のレゾンデートルだったのさ、こいつにとっちゃ。おめぇだって昔はそうだったろ?」
「……」

  俯いたナインの表情を、絹糸のような銀色の髪が僅かに覆い隠した。

  実を言えば、この遺構に足を踏み入れたのは一度目ではない。確か一ヶ月――いや、二ヶ月前だったか? まぁそんな事はどうでもいい。兎にも角にもその頃こいつはまだ動いていて、俺達に声をかけたのだ。錆び付いて耳障りな音を立てる台車を引いて。

「アイスクリームは如何ですカ、お客様」

  赤色LEDの双眸を忙しなく瞬かせながらそいつが発した電子音声は、飛び飛びで拙く、酷く聞き取りづらかった。恐らくはその頃からもう、発話系統がイカれていたんだろうが。

「……アイスなんて何処にあるんですの?」
「ハイ、此方に御座いマス。バニラにチョコレート、抹茶にイチゴ……お客様のようなお若い女性の方からはハ、キャラメルフレーバーがご好評を頂いておりマス」
「……御主人様」

  困ったように俺の方を振り返るナインが愉快で、俺は対放射線マスクの中からくつくつと笑った。

「悪ィがそいつは甘いモンが嫌いでな。代わりに俺に一つ、抹茶を頼むわ」
「サイズはS、M、Lが御座いマスが――」
「一番小さいのでいいぜ」
「承知致しましタ、少々お待ちくだサイ」

 ホースのような腕を伸ばしてディッシャーを手に取ると、ロボットは台車の方を振り返る。勿論そこに抹茶味のアイスクリームなんてものは存在せず、蓋が外れて薄汚れた冷蔵容器に雨水が溜まっているだけだ。しばしの沈黙の末、そいつはさも申し訳無さそうに俺に頭を垂れてみせた。

「……申し訳ありませン。只今商品を切らしているようデス。直ぐに補充に向かわなくてハ……」
「あー、いいって。それより、このクソ寒いのにアイスなんか売れるのかよ?」
「……確かニ、現在の外気温は-7.4°Cとなっておりマス。前日の気象予測データでは、本日の天気は快晴で行楽日和、スタッフの皆様も久々に客入りが期待出来そうダと喜んデらっしゃっタのですガ……」
「そりゃお前、お天道様なんて気まぐれなもんだろ。……ところで、今日は何日だったっけな?」
「ハイ、2247年8月29日、日曜日デス」
「ほーん。成る程な」

 ――8月29日。6年前に熱核弾頭ミサイルがこの遊園地のおおよそ3.5km先の地点上空で炸裂した、ちょうどその日だ。数少ないお客も間抜け面の着ぐるみも一瞬にして蒸発し、愉快で素敵なアトラクションの数々は破壊しつくされ――奇跡的に無事だったこの機械仕掛けの売り子も、時間がそこで止まってしまった。そういう事だろう。

「引き止めて悪かったな。もう行っていいぜ」
「不手際があリ大変申し訳御座いまセン、お詫びの印にこれヲ……」

 そう言ってそいつが取り出したのは、印刷の褪せた一枚の紙切れだった。チケットか何かだろうが、何が書いてあるのかさっぱり読み取れない。

「……何だこりゃ」
「本園のペアご優待券になりマス。次回お越しの際お使いくだサイ」
「気が効くじゃねぇか。いい教育がされてんな」
「……! ありがとう御座いマス!」

 さも嬉しげにそいつは目を煌めかせた。尻尾があったらきっとブンブン振っていただろう。この手のロボットは、本人を褒めるよりその主人を褒める方が効く。そういや何処ぞのクドリャフカもそうだったが。

「……良かったのですか」

 心持ちスキップ気味に台車を引きながら去っていく売り子を目で追いながら、ナインが呟いた。

「ん? 何が?」
「このまま捨て置いても彼の為にはなりませんわ。解体して素材に利用した方が」
「あんな壊れかけの旧型、持って帰ってもどうにもならねぇよ。その辺の鉄屑の方がまだ役に立つ」

 未だ納得の行かない風のナインへ、俺は更に言葉を繋ぐ。

「それに、試してみたくなったのさ」
「……と、おっしゃいますと?」
「あいつがいつまでここで生きていられるか。もし自分の仕事がもはや無意味だって気づいたとしたら、あいつはどうするのか……」

 柳眉を潜めながら首を傾げる従者に、俺は指先で摘んだ優待券とやらをひらひらと振ってみせた。

「こんなもんも貰った事だ。また様子を見に来ようじゃねぇか」

 ――そして時間は現在に戻る。

「馬鹿正直に此処で死んでるって事は、要するに最後まで理解できなかったんだなァ。世間はもうクリスマスだってのに、おめぇの頭は夏休みで止まったままだった。お目出度いもんだ」

 溜息混じりにそうぼやいても、不恰好なロボットが顔を上げる事はなかった。防護コートのポケットから、あの日手渡された紙切れを取り出して、冷え切った銀色の手に握らせる。受付が塵になってる以上、こいつに渡すしかあるまい。

「クリスマスプレゼントは、永遠の休息か?」
「……そんなプレゼントは、彼は望まないでしょうね」
「ヘっ、だろうな。死んでも人間様の為に働き続けるのがお前らだ」

 雪はまだ止みそうに無い。隣人への愛を語りながら、自分で自分を焼き尽くした愚かな猿の星を、静かに銀色に染め上げていく。

「……解き放ってやるよ。この俺がな」

 無骨なマスクの裏側で、俺は薄く嗤った。

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